サッカー日本代表の酒井宏樹選手。
日本の柏レイソルでキャリアをスタートさせた酒井選手は
これまでドイツ、フランスを渡り歩いてきました。
そして2021年夏、浦和レッズへ移籍し、約9年振りに日本でプレーすることが決まりました。
そんな酒井選手の年俸推移を見ていきましょう。
酒井宏樹の年俸推移を時系列で紹介
酒井宏樹選手は1990年4月12日生まれ、長野県出身です。
幼い頃に千葉県柏市に引っ越し、都市の離れた2人の兄の影響でサッカーを始め、
小学3年生の時に地元のクラブチームへ入団。当時はフォワードを務めていました。
積極的な攻撃参加が持ち味の酒井選手はこの幼少の頃の経験が活きてきたのかもしれません。
小学6年生の時、一度練習に参加したことがきっかけで、柏レイソル下部組織で
練習生としてプレーするようになり、2003年、中学入学と同時に柏レイソルU-15へ正式加入。
そして2009年にトップチームへ昇格することができました。
それではそんな酒井選手の2009年からの年俸推移を見ていきましょう。
柏レイソル時代の年俸
酒井選手は柏レイソルでプロデビューを果たしました。レイソルのキャリアの中でも
クラブワールドカップでは大車輪の活躍を見せ、
欧州やブラジルのクラブが獲得に乗り出す動きを見せていました。
サンパウロ州選手権1部・モジミリンECへ留学。
当時2部のレイソルで出場機会が出始める。
右サイドでレアンドロ・ドミンゲスと強力なコンビを形成してレギュラーに定着すると、
一気に大ブレイク。同年5月、U-22代表に初選出され、10月にはA代表にも初選出された。
そして同年末のクラブワールドカップではサントスFC戦でゴールし、
大会通じて好パフォーマンスを見せた。
前年度の活躍もあってか、大幅に年俸が上昇する。
そして同年7月にドイツのハノーファー96への移籍が決定した。
ハノーファー96時代の年俸
最初の移籍先として選択したのはドイツのハノーファー96。
一時はレギュラーの危機に瀕した時期もありましたが、出場機会を取り戻しました。
またハノーファー時代は山口蛍選手、清武弘嗣選手と日本人3選手が
同チームに被るという偶然も起こりました。
入団直後にクラブを離れて参加したロンドン五輪では、ベスト4まで勝ち進んだが、
惜しくもメダル獲得を逃した。
ライバルであるチェルンドロの負傷離脱もあり、開幕から右サイドバックの定位置を確保。
第11節ブレーメン戦でゴール正面約30メートルの距離から強烈な無回転シュートを
ネットに沈め、ブンデスリーガ初得点を記録した。
一時期控えに回ることもあったが、シーズン終盤はスタメンに復帰し存在感を見せた。
チームに山口蛍も加わり日本代表が3人になった。
チームが降格となった。契約満了によりこのシーズンでハノーファーを退団した。
マルセイユ時代の年俸
キャリアの中でも評価を高めたマルセイユ時代。パリサンジェルマンに所属する
ブラジル代表ネイマールを完封したことは日本人サポーターにとっても
印象深いのではないでしょうか。
なお、それに表れるように年俸も最高2億円にまで跳ね上がりました。
8月14日に行われたトゥールーズFCとの開幕戦でデビュー戦をフル出場で飾った。
移籍1年目となった2016-17シーズンは、GKヨアン・プレを除くフィールドプレーヤーで
出場時間最多となる35試合(計3012分)に出場し、レギュラーとして活躍した。
ディジョンFCO戦にて2年連続で開幕節からスタメンで出場し、
9月29日にマルセイユと2021年まで契約延長したことを発表した。
UEFAヨーロッパリーグ準々決勝2ndレグRBライプツィヒ戦で終了間際に
マルセイユ移籍後初得点となる貴重な追加点を挙げ、チームの14年振りの
ELベスト4進出に貢献した。しかし同年4月23日の第34節LOSCリール・メトロポール戦で
内側側副靭帯を損傷し、3週間の離脱を余儀なくされた。
リーグ・アン第37節のトゥールーズFC戦でリーグ初ゴールを挙げた。
シーズン終了後にファンが選んだ年間クラブMVPに選出された。
5年過ごしたマルセイユを退団することをSNS上で発表した。
酒井宏樹の浦和レッズの年俸予想!移籍金2億円報道も
2021年6月10日、浦和レッズへの完全移籍が発表されました。Jリーグでは9年ぶりのプレーとなります。
移籍金に関しては、フランスメディアLe10sportによると約2億円と報道されています。
31歳になり、プレーの円熟みも増した酒井選手、
これから9年振りに帰還した日本の舞台でどのようなパフォーマンスを見せてくれるのか、目が離せません!